海外のゲームの遊び方は無限大。ホッグボールで楽しむ海外人、ランクで擦り減らす日本人

オーバーウォッチのホッグボールをご存じだろうか。ロードホッグをボールに見立てて、ルシオのバンプを使ってバレーボールのように遊ぶものだ。通常のアーケードで用意されているわけではなく、ユーザーがカスタムゲームで時間無制限にして遊んでいる。

百聞は一見に如かずだろう。こちらの動画を見てほしい。

めっちゃ楽しそうw

この遊びをしているときは、シーズン4とシーズン5の間のオフシーズンでランクができなかった。それなのにも関わらず楽しく遊んでいる。まるで何もない公園で楽しく遊ぶ子供の用に。

この時私は感じた。 日本人は与えられることに慣れすぎているのではないか。

ホッグボールはゲーム内で用意されているわけではない。自分たちで部屋を作って遊んでいるだけなのだ。面白いのが、遊んでいるうちに自分たちでルールを作って、インかアウトかも自分たちで判断している。

本当にただ遊んでいるだけだ。本来のゲームの楽しみ方ではないが、自分たちで見つけ遊んでいる。

しかし、日本人にはこのような発想がない。まず、シーズンオフ中のツイッターでは、「ランク以外にやることがない」とか「他ゲームで遊ぶか」など否定的なコメントがあふれかえっていた。

この違いはどこにあるのだろうか。

日本人は与えられすぎている

私は思う。「日本人は与えられることに慣れすぎているため、与えられたものだけが全てだと勘違いしている」のではないか。 無意識的に常識に似た「このゲームはランクをプレイするだけのゲーム」という凝り固まった考え方があるのではないかと私は思う。

それには、日本人の成長環境にも原因があるのではないかとも思う。

日本人は子供のころから周りからの手助けが多い。おもちゃを与えてもらったり、休日の遊ぶ場所も親に連れてもらってアミューズメントパークを提供されたり。

これは子供のころの遊びだけではない。 勉強だって同じである。

高校生になってまで勉強=授業で教えてもらうことと思っている人が多い。塾に行けばさらに勉強ができて頭がよくなると思っている。 だから、何かとつけて誰かから教えてもらうことを待っている人が多い。

みんながしていることが絶対ではない。

この梅雨時期は、新入社員が入ってきて研修を終えて現場に出てきている時期だろう。 新入社員から昼食をどこで食べたらいいかとか、昼休みの過ごし方はどうしたらいいかとか、そんな些細なことまで聞いてくる。たしかに初めのうちは現場に入ってきてその現場の仕事を教わるのは当然である。なんでも聞けば答えてくれると思いなんでも聞いてくる新入社員は多い。しかし、それでは戦力にならない。聞かれた方の仕事をストップさせられてしまうことになるので、効率が落ちるし自分でやったほうがはやいなと仕事を回さなくなる。

考えてみれば普通のことだが、自分の頭で考えてきたことがないんだろう。そういう環境が整っており、教わる方が圧倒的に楽だからだ。

だがしかし、成人になってもお前は子供か!と突っ込みたくなってくる。

そういった人たちは常識にとらわれているのかもしれない。上司だから先輩だから聞けば教えてくれる。新卒なんだから面倒を見てくれる、周りのみんながそうしてるから。と。

けど、それってただの思考停止である。「みんなそうだから」とか常識とかいう建前を片手に考えるのをやめてしまっている。

例えば、就職したら保険に入るのを検討している新入社員は多い。「保険は入っておくべき。」とか「いつか病気にかかったときのために」と保険に入るが、本当にそれが正しいのか?必ず入らなければいけないのか?と疑問に思う人はいないのか。

ホリエモンこと堀江貴文さんは保険は割りに合わないギャンブルだといっている。

保険はそもそもギャンブルから始まっている。

イギリスの東インド会社は、17世紀から19世紀半ばまでアジアの貿易を独占していて、香辛料の輸入・輸送で莫大な利益を挙げていた。主な輸送手段は航路だ。まだスエズ運河もない時代。ある一定の確率で貿易船はアジア海域で難破したという。その事故の発生を、港のコーヒーショップで、男たちが賭けの対象にしたのが現代の損害保険の始まりだ。ちなみに賭けの場となったコーヒーショップはロイズという店で、その後、世界最大手の保険会社に成長している。

つまり保険の仕組みの原点は、ギャンブルなのだ。

堀江貴文 「君がオヤジになる前に」 章 -28歳の君へ-から

世間では入るのが当たり前と思われている。しかし、こういう当たり前のことこそ疑問に感じないと20代のうちでもオヤジ的思考になってしまうという。

「オヤジ」とは、年齢的なものではない。あらゆること──家族との向き合い方や仕事への接し方、服装や体型に至るまで──を、より良き方向へ改善しようとすることを放棄してしまった者たちへの表現だ。

彼らは現状にただ不満を持ち、将来に不安を抱えながらも、そこを打開しようという意思すら奮い起こせない。ただ、誰に向けるともなく不平を口にしているだけだ。それを僕は「思考停止状態」と呼ぶ。

堀江貴文君がオヤジになる前に

オーバーウォッチやその他ゲームに関する不満をツイッターに上げている人はおそらくすでに オヤジ化 は始まっているだろう。 自分で打開しようとすらしないで批判や不平をつぶやいているのはみっともないと思う。

子供がだだをこねているようにしか見えない。そういう人に私はなりたくない。

どうすればオヤジ的思考を食い止められるのか。この本に詳細にかつ分かりやすく書いてある。

批判ばかりしていてはホッグボールという遊びは生まれなかっただろう。 もっと常識にとらわれない自由な発想で人生楽しんでいきたい。

子供の用に無邪気に遊べるそんな思考を手に入れるために、まずは本の無料サンプルを読んでみましょう。

 

ココロに届いたらシェア!